福岡高等裁判所 昭和36年(う)1068号 判決 1962年7月07日
被告人 岩瀬国松
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金二〇〇〇円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
検察官控訴趣意一、について。(省略)
同控訴趣意第二、について。
原判決は道路交通取締法第二四条第一項同法施行令第六七条第一項の救護措置は他方の操縦者又は第三者においてその措置を講じ終つた場合にまでも一方または双方の操縦者に対して救護義務を負わせる法意ではないとし、本件の場合被告人が事故現場に引返したとき既に第三者である関野関雄が被害者を病院に連去つた後で救護措置の対象を欠くにいたつていたから、被告人に救護義務違反はないとしている。しかし、同条所定の救護義務は事故を惹起した当該車馬の操縦者等に課せられたものであつて、あくまで同人等自身の責任において遂行すべき義務であると解すべきであるから、他方の操縦者或は第三者において被害者の救護に当つたからといつてただその一事を以て当該操縦者の救護義務が消滅又は免除されるいわれはない。ところが、原審証人舛田隆、同阿部馨、同関野関雄、当審証人舛田隆、同関野関雄の各証言、被告人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書によれば、被告人は本件交差点において自己運転の自動三輪車を阿部馨運転の第一種原動機付自転車に接触させて同自転車に同乗していた阿部和昭に傷害を負わせたが、停車位置が交差点中央であつたため自動三輪車を交通妨害とならない場所に移動して下車したところ、既に右事故を目撃した関野関雄が阿部和昭を附近の病院に連去つた後で「負傷者は病院に連れて行かれた」と聞いたので、そのまま同所を立去つた事実が認められる。かように負傷者が既に第三者により病院に運ばれて事故現場に居なくとも、事故を惹起した被告人としては直ちにその後を追つて病院に赴き負傷者の症状如何、医師に対する治療依頼に手落がないかを確かめる等万全の救護措置を講じてこそ自己に課せられた救護義務を完遂したものといい得るのである。ところが、被告人は負傷者は病院に連れて行かれたと聞いて自らは病院にも行かず直ちに現場を立去つたものであるから、その救護義務を怠つたものといわねばならない。原判決が負傷者は第三者により病院に連れて行かれた一事を以て被告人の救護義務が消滅したとしたのは法律の解釈を誤り事実を誤認したものでこの誤は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
そこで、刑事訴訟法第三九七条第一項に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い更に判決する。
(罪となるべき事実)
被告人は自動三輪車の運転者なるところ、
第一、昭和三五年一〇月一日午前一一時一〇分頃田川市東区伊田大橋方面から同市西区後藤寺方面に向け自動三輪車を運転して同市東区西大通り二〇三四番地先の見透しのきかない交差点にさしかかつたのであるが、かかる交差点では徐行し以て事故の発生を防止すべき業務上の注意義務があるにかかわらず徐行を怠たり漫然時速三〇粁位の速度で進行したため、伊田駅方面に通ずる道路から阿部馨が阿部和昭(当時二一年)を同乗し第一種原動機付自転車を運転して右交差点に入ろうとするのを約二・七米左斜前方に認め危険を感じて急停車の措置を講じたが及ばず右自転車に自動三輪車左側部を接触衝突させてこれを転倒させ、因て阿部和昭に対し治療約一週間を要する頭部顔面挫傷を負わせ、
第二、前叙の如く自己運転の自動三輪車により人の傷害事故を惹起しながら、直ちに被害者の救護をなさず、また所轄警察署の警察官に対する事故の報告等をしなかつたものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
法律に照らすに、被告人の判示所為中第一の業務上過失傷害の点は刑法第二一一条前段罰金等臨時措置法第三条に、徐行義務違反の点は道路交通取締法施行令第二九条第一項第七二条第二号、道路交通法附則第一四条に、第二の救護義務、報告義務各違反の点はいずれも道路交通取締法第二四条第一項第二八条第一号同法施行令第六七条(第一項又は第二項)道路交通法附則第一四条に当るところ、業務上過失傷害と徐行義務違反は一個の行為にして二個の罪名に触れるから刑法第五四条第一項前段第一〇条により重い前者の罪の刑を以て処断し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから所定刑中いずれも罰金刑を選択した上同法第四八条第二項によりその合算額の範囲内において被告人を罰金二〇〇〇円に処し、同法第一八条を適用して右罰金を完納することができないときは金二〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべく、原審並びに当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡林次郎 中村荘十郎 臼杵勉)